44歳で看護師1年生。3交代制って地獄ですか?
「3交代制って、実際どうなの?やっぱり地獄?」
これから看護師になる方も、今まさに3交代で働いている方も、一度は思ったことがあるのではないでしょうか。
先に私の答えを言ってしまいます。40年間、規則的な生活をしてきた社会人上がりの私にとっては、はっきりとした地獄でした。
私は44歳で看護師1年生になりました。今回は、その1年で味わった3交代制のリアルをお話しします。
👉 あわせて読みたい:看護学校を出たらどこで働く? 同級生60人の就職先は、ほぼ病院でした
まず、3交代制のシフトはこんな感じ
私の病棟のシフトは、こうでした。
- 日勤:8時半〜17時
- 準夜勤:16時半〜1時
- 深夜勤:0時半〜9時
- 本夜勤:16時半〜翌9時
そして、ここに「日勤深夜」という恐ろしいシフトがあります。その名の通り、日勤をこなして17時にいったん上がり、また0時半に出勤するというもの。これが私の天敵でした。
「前残業」という、見えない労働
シフト表では日勤は8時半からですが、ここに病棟あるあるの「前残業」が存在します。残業代はもちろんつきません。
日勤の場合、朝8時半の始業までに終えておくことがあります。
- 受け持ち患者さんの情報収集
- 点滴や処置の準備
- 初めてでわからない処置があれば教育システムを閲覧して理解しておく
- 受け持ちに退院の人がいれば退院の仕方の確認と準備
- カンファレンス対象の人がいれば準備
これらの準備が間に合わないと、その後の仕事がまったく回りません。
準備に何かと時間のかかる新人は、7時20分頃には出勤して準備を始めます。出勤時間が遅くなって7時半頃に到着してしまうと、「ヤバい、間に合わないかも」と思うこともしばしば。 始業まで1時間以上あるのに、始業前から緊張感はすでに始まっていました。
新人と言っても4年目くらいまでの看護師はだいたい1時間くらい前には出勤していたので、それがこの世界の”普通”なのだと思います。 その”普通”って、ホワイト企業でしか働いたことのない私にとって、腹立たしいことでもあり容易に受け入れることのできない事実のひとつでした。
ベテラン看護師は、始業ギリギリに来て、みんなが申し送りをしている横で余裕の表情で情報収集を始めます。 「誰も何も言えない」という立場を、最大限に活用しているのが8年目〜以降の看護師でした。
一番きつかったのは「日勤深夜」
体力的に一番しんどい勤務帯は、実は日勤です。検査、入院、処置、ナースコール。とにかくひっきりなしにやることがあって、常に走り回っています。だから「日勤が4日続くと地獄」とされていました。
私は途中から夜勤を免除してもらっていたので、当然ながら日勤の連続。4日続くのが当たり前でした。1日1万5千歩以上を走り回り、心は常に極度の緊張状態。おかげで、なかなか痩せなかった私が学校時代から5キロ痩せました。
これは本当に、看護師になって唯一よかったことと言えます(笑)。
そして、夜勤の中でも別格にきつかったのが、先ほど触れた日勤深夜です。
日勤をこなして17時に上がり、深夜0時半に出勤する。…いいえ、0時半に出勤したのでは遅いのです。
夜勤にも、前残業はもれなくあります。情報収集も物品の準備も、始業前に済ませておかなければなりません。だから実際の出勤は23時半頃になります。
しかも、日勤が定時の17時に終わることなどほとんどありません。深夜勤の人は優先的に帰してもらえるものの、新人の私は仕事が終わらず帰れない。上がれるのは18時か19時でした。
そこから家に帰って、お風呂とご飯。ほんの少しだけ寝て、23時半にまた病院へ向かうのです。
「ずっとおしゃべりしてれば、ママ行かないでしょ」
この日勤深夜でつらかったのは、仕事のキツさだけではありませんでした。
深夜勤務に備えて少しでも仮眠をとりたくて、子どもと一緒に21時頃ベッドに入ります。でも、子どもはずーっとおしゃべりして、なかなか寝てくれない。「ママこのあとお仕事だから、もう寝よう」と言うと、こう返ってくるのです。
「わたしが寝ちゃうと、ママお仕事いっちゃうでしょ。ずっとおしゃべりして起きてれば、ママ行かないでしょ」
そう言って、ぎゅーっと抱きついてくる。…すごくかわいいのです。本当に。
こんなにかわいい子を置いて、行きたくない。一緒に眠って一緒に朝を迎えたい。
こういうことがあるたびに、私の中に「辞める方向への種」が少しずつ蓄積されていったのだと思います。
体に出た、限界のサイン
不規則な勤務は、確実に体を蝕んでいきました。
すごく疲れているのに、ベッドに入っても緊張状態が続き、翌日のことを考えると一睡もできない。夜勤前に寝ておかないとしんどいとわかっているのに、昼間からなんてまったく眠れない。結局、仮眠を取れないまま夜勤に向かうことも、しょっちゅうでした。
また、ストレスのせいでしょうか。顔、唇、体、腕、首に、蕁麻疹がずっと出ていました。薬をもらっても治らず…看護師を辞めたら、すっかり治りました。原因は明らかだったわけです。
何より、疲れが抜けない。
アニメなどで敵にやられた主人公が、瀕死の状態でピクピクしているシーンがありますよね。 休日、子どもを送り出した後の私は、まさにあれでした。 床に倒れ込んで、数時間そのままピクピク、倒れ込んで動けない状態がその当時の日常でした(笑)
「しぬほどの疲れに」効く漢方
家の近所に、昔から漢方の薬屋さんがあります。 薬の効能を書道で書いて大きく店先に貼って独特の世界を醸し出しているのですが、 そこに「しぬほどの疲れに」という”書”があったのです。
小さなころから漢方屋の前を通り、それを眺めては「しぬほど疲れる人なんて、いる?」と、いつものんきに思い通り過ぎていました。
でも、看護師をしていた1年間。「あ、しぬほどの疲れって、これのことだ」と、身をもって理解したのです。そしてそれから、「いつあの漢方を買おうか」と何度も思いました。 …結局、買うことはなかったですが。「しぬほど疲れて」いて、その漢方屋さんに寄ることすら億劫だったのです。
若さとの差は、体力より「記憶力」だった
意外かもしれませんが、若い子との体力差を感じる場面は、あまりありませんでした。
家に帰るといつも「もうこれ以上歩けない…」と、しぬほど疲れて、瀕死の状態のごとくピクピクと倒れ込んでいても、出勤すると何故か体が動くのです。
出勤したと同時に、交感神経が優位に立つのだと思います。
それよりも痛感したのは、記憶力の低下でした。覚えられない。聞いたのか聞いていないのかも忘れてしまう。覚えるべきことが大量にある世界で、これは本当に致命的でした。「あのおばさん、できないわ」と言われないように、とにかくメモを取るのに必死だった1年です。
子育てと3交代は、本当に相性が悪い
子どもを寝かしつけてから出勤する深夜勤の心苦しさは、前述の通り。それに加えて、私はいつも疲れていて、朝は早く夜は遅い。子どもとコミュニケーションを取る時間が、どうしても限られてしまう。子どもが寂しい思いをしているのが、痛いほど伝わってきました。
希望の休みは、1ヶ月にたった3日。希望の休み以外で組まれるお休みは、だいたい平日になってしまうので、子どもと休日を一緒に過ごせない。カレンダー通りに生きてきた私にとって、この不規則な世界は、どうしてもなじめるものではありませんでした。
結論:3交代制が無理なあなたは、正しい
最後に、これだけは伝えたいです。
看護師の世界しか知らない人にとっての3交代制と、規則的な生活をしてきた社会人上がりにとっての3交代制は、まるで別物だと思います。私にとっては、「本当に無理」な世界でした。
だから、これから看護師になる方には、せめて2交代制の職場を選ぶことをおすすめします。それだけでもだいぶ違うはずです。転職するなら、シフトの体制をしっかりリサーチしてから。心と体を壊してしまうようなシフトの職場を、選ばないこと。これが本当に大事です。
そして、今まさに「3交代がもう無理」と思っているあなた。あなたは正しいです。何もおかしくない、ごく普通の感覚です。無理なものは無理。さっさと次に行きましょう。あなたの体は、ひとつしかないのですから。
👉 あわせて読みたい:看護師を辞めたい40代へ|1年で辞めた本当の理由と「戦略的撤退」の話
👉 あわせて読みたい:看護師から事務職へ転職して何が変わったか|手に入れた穏やかな日常と戦略的撤退のススメ
← ホームに戻る